だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。
「今日に忠実になりなさい。」という言葉は、たいへん優れた教訓の中のひとつです。毎日私たちの人生がどうなるかは知ることができないからです。すでに過ぎ去った昨日は取り戻すことはできず、明日はどんなことが起こるかわかりません。結局、昨日を後悔し明日を心配することは、今日一日に最善を尽くすことができないようにつくり、人生のエネルギーを消耗させてしまうのです。
イスラエルの民たちは、荒野で毎朝神様からマナ*を受け取りましたが、明日は受け取ることができるかどうかわからないという愚かな考えのために、誰にも分からないようにマナを隠しておきました。しかし、そのマナは一日のためのマナであったため、一日が過ぎるとそのまま腐ってしまいました。
私たちの人生もこれと同様です。私たちに与えられた時間を今日のために使わないで、明日の心配のために使うならば、私たちの人生は発展できません。しかし、今日できることに最善を尽くすならば、明日は一歩更に確実に進歩しているのです。 - 純福音家族新聞(ソウル)
*マナ・・・エジプトを脱出し荒野をさまよっていたイスラエルの民たちへ、神が天から 地上へ降らした
白い霜のような甘い食物。イスラエルの民はこれを煮てパン 菓子を作っていた。