御言葉:マタイの福音書18:1~4
1 そのとき、弟子たちがイエスのところに来て言った。「それでは、天の御国では、だれが一番偉いのでしょうか。」
2 そこで、イエスは小さい子どもを呼び寄せ、彼らの真ん中に立たせて、
3 言われた。「まことに、あながたがに告げます。あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない限り、決して天の御国には、入れません。
4 だから、この子どものように、自分を低くする者が、天の御国で一番偉い人です。
ハレルヤ!主の御名を賛美します。
今日は、日本では子供の日の祝日であり、また主日でもあり、大変恵まれた日であります。 今日、私はみなさんと共に、「天の御国で一番偉い人」というタイトルでみなさんと恵みの御ことばを分かち合っていきたいと思います。
1. 旧約聖書から見られる「謙遜」
旧約聖書では、「謙遜」という言葉は「アナ―ワ―」といいます。この「アナ―ワ―」ということばの元来の意味は、困窮や貧しさや苦難の中で「苦しんでいる」「屈服させられた」「悩み苦しむ」というような状態を表す語であります。そこから、「へりくだった」「心砕かれた」「柔和な」態度を意味する“謙遜”が派生したのです。この言葉は、ただの「謙遜さ」を表しているだけでなく、苦しみや貧しさや悩みの中から、神様だけしか頼ることができないことを知って、そこから、へりくだり、心砕かれ、柔和に生きていっている人の態度を表しているのです。聖書では、元来「謙遜」という言葉の意味は、「神様にのみ頼ることからくる自分を低くする謙遜」を表しているのです。
箴言3:34あざける者を主はあざけり、へりくだる者には恵みを授ける。
15:33主を恐れることは知恵の訓戒である。謙遜は栄誉に先立つ。
18:12人の心の高慢は破滅に先立ち、謙遜は栄誉に先立つ。
22:4謙遜と、主を恐れることの報いは、富と誉れといのちである
このように、箴言には謙遜についての御言葉が多くありますが、謙遜な人は、主を恐れる人であり、それは栄誉より先にたつべきものであり、謙遜で主を恐れる人は、神様から富と誉と命を得、恵み豊かに祝福を受けるのです。ハレルヤ!
モーセも、非常に謙遜な人であったと聖書に記されています。彼は、荒野における40年間の苦難の逃亡生活の中で、砕かれ、非常に謙遜な人物に成長していきました。それで、80歳の年になって、神様から大きく用いられるようになっていったのです。
民12:3 さて、モーセという人は、地上のだれにもまさって非常に謙遜であった。
大変謙遜で主に忠実であったモーセは、それゆえに、謎や夢などで表現され伝えられることなく、主の御口から直接語られ、また主の姿を直接仰ぎ見ることができるようにされました。謙遜さが、神様から大きく用いられる条件であることが偉大な人物モーセから理解されます。
ヨブも、その住んでいた地方で一番の富豪で、家庭も10人の子供に恵まれ、大変豊かに祝福された人でしたが、ある時サタンにより試練を受けました。財産や家畜が全くなくなり、子供もすべて失い、自分も悪性の腫物で打たれ、妻、そして友人からも避難を受けるという大いなる試練を受けたのです。それで彼は、自分自身を振り返って見ても、自分に非難されたり、責められる点など全く見当たらないので、この大いなる試練を受けた時、大変嘆き、神様に嫉妬しました。しかし、最後にヨブは初めから抱いていた、主を恐れる心をもう一度取り戻し、神様に悔い改め、すべてを主管なさっておられる神様を認めて、謙遜になった時、神様はヨブを回復させて下さり、以前祝福された時の二倍の祝福をお与えになり、子供ももう一度10人を与えられ、ヨブは長寿を全うすることができたのでした。
ヨブの人生も、神様に対する悔い改めを通す、謙遜さが主に認められ、更に恵みと祝福を神様から与えられるようになったのであります。
2. イエス様の謙遜さ
イエス様も大変謙遜なお方でおられたことが聖書を見れば分かります。イエス様は神様の子でおられるのに、この地上へ来られ、人間の御姿で、多くの人々に接し、福音を伝え、伝道していかれました。イエス様の謙遜さは、老若男女、貧富の差別なく、誰に対しても近づいて、福音を彼らに伝えていったことから、よく理解できると思います。イエス様は、罪人を迎え入れ、世から避難されている人を迎え入れ、彼らを悔い改めに導いていかれたのです。そしてイエス様のその謙遜さは、最後の最後まで貫かれました。イエス様はゴルゴダの道を、十字架をかつがされて歩み、自分がかついできた十字架にかけられ、刑に処せられ、最後の死に至るまで、最後の最後まで従順されました。イエス様は、信じる全ての人々を永遠の命に導くために、十字架の死にまで従順なさり、その謙遜さをお表しになったのです。
ピリピ2:3~11
3 何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。
4 自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。
5 あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。
6 キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、
7 ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現れ、
8 自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまで従われました。
9 それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。
10 それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、
11 すべての口が、「イエス・キリストは主である」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。
イエス様の謙遜さが、十字架の贖いまで導かれ、イエス様の死と復活を通して、私たちに永遠の生命があたえられたのです!“たましいが恵まれ、すべてが恵まれ、健康である”祝福が与えられたのです。
イエス様の謙遜さを通した十字架の贖いと復活によって、私たちは新しく生まれ変わりました!聖霊充満を受けるようになりました!癒しを受けました!恵み豊かに祝福されました!永遠の命を受けるようになりました!ハレルヤ!
イエス様の謙遜さを見習い、主を恐れ、高ぶらず、自分を低くして、イエス様のように、隣びとを愛し、全ての人々を愛し、天国へ行くまで神様の国を広げていかれるみなさんでありますように、主の御名によりお祈りします。
3. だから、この子どものように、自分を低くする者が、天の御国で一番偉い人です。
今日の本文です。
マタイの福音書18:1~4
1 そのとき、弟子たちがイエスのところに来て言った。「それでは、天の御国では、だれが一番偉いのでしょうか。」
2 そこで、イエスは小さい子どもを呼び寄せ、彼らの真ん中に立たせて、
3 言われた。「まことに、あながたがに告げます。あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない限り、決して天の御国には、入れません。
4 だから、この子どものように、自分を低くする者が、天の御国で一番偉い人です。
弟子たちが、イエス様に質問しました。「それでは、天の御国では、だれが一番偉いのでしょうか。」そうしたら、イエス様は小さな子供たちを呼び寄せて、弟子たちの真ん中に彼らを立たせ言われました。「まことに、あながたがに告げます。あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない限り、決して天の御国には、入れません。…」。天の御国に入るためには、悔い改めなければなりません。罪を神様に告白し、イエス様の十字架の血潮によってすべての罪を洗い流し、赦しを受け、天真爛漫なこどものように、純粋な心をもつようになるならば、私たちは天国へ入れます。
そして、子どものように、自分を低くする人が、天の御国で一番偉い人であるのです。神様は私たちのすべてをご存知でおられますので、自分を低くする人を高く上げてくださるのです。 そして、逆に、自分を高くする人を低くされるのです。
ヨブ5:11 神は低い者を高く上げ、悲しむ者を引き上げて救う。
詩篇18:27 あなたは、悩む民をこそ救われますが、高ぶる目は低くされます。
マタイ23:12 誰でも、自分を高くする者は低くされ、自分を低くするものは高くされます。
[イエス様の喩え話] にも、次のようなものがあります。
ある結婚式の披露宴の席で、招かれてひとりでやってきた人がいきなり、最前列やかなり前の上座の席の方に行って座るのはやめなさい。と忠告します。あとから招待された身分の高い立派な人たちがやってきて、前の席がふさがっているので、自分が前に座っているために席を譲るように頼まれて、後ろの席へ導かれ、恥を見ることがないようにするためです。と言っています。ですから、披露宴などの席では、初めは後ろの末席の方で座りなさい、と勧めます。すると、あとから招いた人が来て、前の方の空いている上座の席の方へ自分を誘導し、自分が高められるからである。ということです。
これと同じように、自分を高める人は神様から低くされ、自分を低める人は神様から高くされます。すべてをご存知おられる神様は、イエス様もそうでおられるように、自分を低くし、謙遜でいる人を選んで、用い、高め、神様の栄光が現れるようになさります!イエス様は、謙遜さを最後まで持ち続け、ご自分を誰よりも低くなさって最後の十字架の死にまで従順なさいました。
そして、イエス様は三日後に死からよみがえられ、復活し、天国まで引き挙げられたのです!ハレルヤ!謙遜に、自分を低くする人は、神様から高い所へ導かれます!そして、謙遜で自分を低める人は天国で、一番偉い人になるのです!ハレルヤ!
エペソ4:1~3
1 さて、主の囚人である私はあなたがたに勧めます。召されたあなたがたは、その召しにふさわしく歩みなさい。
2謙遜と柔和の限りを尽くし、寛容を示し、愛をもって互いに忍び合い、
3 平和のきずなで結ばれて御霊の一致を熱心に保ちなさい。
今日、子供の日のこのメッセージを通して、天国で一番偉い人になる方法を学び、悟ることができました!感謝します!私たちも、謙遜に、自分を低くする子供たちを見習い、そして、イエス様の謙遜さを見習い、神様から、この世においても豊かな恵みを受け、天国で一番偉い人になることのできる皆さんとなりますように、主の御名によって祝福します。アーメン!